Our Story

ご縁に導かれて、
独立へ。

日本オラクル、ベンチャー企業、フリーランス。渡り歩いた先で出会った人と経験が、ピープルアートの原点になりました。代表取締役・大槻雄一郎のストーリーです。

大槻 雄一郎

大槻雄一郎は、20代で経験を積み、30代でプロフェッショナルとして実績を出し、40代で自分の責任で事業を持つ、という大まかな設計を早い時期から描いていました。その設計は一直線に進んだわけではありません。人との出会いと、そのたびの選択の積み重ねが、今のピープルアートにつながっています。

01ファーストキャリアは、日本オラクル

就職活動をしていた1997年頃は、山一証券の破綻など不況の色濃い時代でした。将来は自分で何かをやってみたいという気持ちがおぼろげにあり、まずは「武器」が欲しい。そう考えて軸にしたのが、英語とITを身につけられる会社でした。

資料を取り寄せる中で出会ったのが、サーフボードの形をした日本オラクルの案内はがき。「波に乗りましょう」という洒落たメッセージと、説明会で聞いた「選ぶなら、何かでナンバーワンを取った会社に入るといい。ナンバーワンには理由があり、それを中から経験できる」という言葉が決め手になりました。1998年、日本オラクルに入社します。

約9年の勤務で、3年ごとに部署を移りました。人事管理システムの営業から、お客様に寄り添う営業部隊へ。最後の3年は、海外の先行事例を日本で展開する新プロジェクトのメンバーに選ばれ、北海道から名古屋まで東日本エリアを担当。製品知識と営業実績の両方が活きる、充実した日々でした。

02原点になった、上司との出会い

順風満帆ばかりではありません。異動1年目はトラブル対応に追われ、目標へのプレッシャーの中で自信を失いかけていました。プライベートでも家族を失う大きな出来事があり、公私ともに厳しい時期でした。

その頃、新しく上司になった人が、仕事のことにもプライベートのことにも、人として正面から向き合い、配慮ある言葉をかけてくれました。「ここまで人として向き合ってくれた人は初めてだった」。その上司についていくと決め、言われたことをすべてやり切った1年の最終日、大きな受注が決まりました。

相手方役員から直筆のサインをもらった瞬間の自信。そして、人の善意や優しさに触れた経験は、「もらったことを、今度は誰かにしてあげたい」という、今の仕事の進め方の原点になっています。

03ベンチャーで学んだ、「組織はトップで決まる」

メンターであるその上司がベンチャーへ移ることになり、大槻も「手伝いたい」という気持ちから、部署異動のような感覚でオラクルを辞め、ベンチャーに転職します。しかし、創業者とナンバー2の価値観の違い、製品がなかなか上がってこない現実が重なり、1年で退くことになりました。

厳しい経験でしたが、組織は結局トップで決まること、売るものがなければ営業は力を発揮できないことを、身をもって学んだ1年でもありました。

04マーズフラッグで、営業統括として

次にご縁で出会ったのが、サイト内検索エンジンを手がけるマーズフラッグです。社長と会った瞬間、「初めて天才に会った」と感じたといいます。すでに売るものがあり、お客様もついている。足りないのは法人営業のプロ。成果次第で評価するという条件にも背中を押され、参画を決めました。結婚し、最初の子どもが生まれる時期でもあり、「勝負をかけよう」という思いもありました。

法人営業のノウハウをすべて注ぎ込み、最初の1〜2年で黒字化を達成。事業の目処が立つところまで持っていきました。一方で、次第に考えるようになったのは「会社の中での自分の役割」ではなく、「自分の次の在り方」のことでした。

05業務委託という、独立の第一歩

成果に見合った対価をきちんと受け取るには、雇用ではなく業務委託という形があり得る。営業職は、稼働と成果の二軸で評価できる仕事です。7年在籍したマーズフラッグと話し合い、雇用から業務委託契約へ切り替えました。これが独立の第一歩です。

仕事の8割はマーズフラッグ、残り2割で新しい挑戦に取り組む形で、個人事業を約3年。「個人事業は、あらゆる経営のエッセンスの塊」だと感じた期間でした。種をまき、何が育つかを見極める3年でもありました。

06ピープルアートへ ― ビジネスのプロデュース

ピープルアート株式会社は2015年に設立しました。個人事業で固めてきたものを土台に、2018年からはフリーランス営業の動きから、経営者としての動きへ本格的に舵を切ります。

やっていることを一言で表す言葉を探して行き着いたのが、「ビジネスプロデューサー」です。何かを売るとは、買う人の価値創造をすること。その仮説を持ち込み、直接フィードバックをもらい、試して、次のアクションと締切を決める。単なるコンサルティングで終わらず、時間や資金も含めて踏み込み、一緒に育てていく。それが、ピープルアートの伴走支援の原型です。

独立を考える人への言葉として大切にしてきたのは、「仮説検証」と「キャッシュフロー」。まずは何かを売ってみること。壁に当たったときに逃げずに立ち向かうこと。その積み重ねが信頼を生み、できることを広げていく、という考え方です。

07いま、そして次へ

現在は、事業構想からシステム開発、データ・AI活用、組織開発までを横断し、経営者と同じ目線で伴走する支援を行っています。40代で「自分の責任でやる」と描いた設計は、形を変えながら今も続いています。

その先に見据えるのは、地域への貢献や、10年後・20年後の子どもたちの環境づくりです。まずは自分で立つこと。そして、自分で立てる人を増やしていくこと。その循環を広げていくことが、ピープルアートの目指すところです。

出典・インタビュー記事

本ストーリーは、フリーランス・プロ人材メディア「kokoroe」(カクトク)に掲載された大槻雄一郎のインタビュー記事をもとに、当社で再構成したものです。

ご縁に導かれて有名大手からベンチャーまで渡り歩いた職務経歴(kokoroe)

フリーランス営業職から経営者に転身した大槻さんの、独立の考え方(kokoroe)

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